すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.アブサロムを赦せないダビデ


・アブサロムは妹タマルを辱めた異母兄アムノンを憎み、これを殺して母の故郷ゲシュルに逃げる。父ダビデは長男アムノンの死を悲しみ、三男アブサロムを赦すことが出来ない。ダビデの将軍ヨアブが両者のために和解の労をとる。
―競汽爛┘14:1-3「ツェルヤの子ヨアブは、王の心がアブサロムに向かっていることを悟り、テコアに使いを送って一人の知恵のある女を呼び寄せ、彼女に言った「喪を装ってほしい。喪服を着、化粧もせず、長い間死者のために喪に服しているように装うのだ。そして王のもとに行き、こう語りなさい」。ヨアブは語るべき言葉を彼女に与えた」。
・女はダビデの前で、兄を殺した弟を引き渡せと要求する親族の手から息子を守ってほしいとダビデに訴える。
―競汽爛┘14:5-8「私は実はやもめでございます。夫は亡くなりました。はしためには二人の息子がおりました。ところが二人は畑でいさかいを起こし、間に入って助けてくれる者もなく、一人がもう一人を打ち殺してしまいました。その上、一族の者が皆、このはしためを責めて、『兄弟殺しを引き渡せ。殺した兄弟の命の償いに彼を殺し、跡継ぎも断とう』と申すのです。はしために残された火種を消し、夫の名も跡継ぎも地上に残させまいとしています」。
・女は「一人の息子を失ったのにもう一人の息子をも失おうとしている」とダビデに訴え、ダビデは女に同情し、息子を助けようと申し出る。しかし、女の本意はアブサロムの赦しにあり、女はアブサロムのことを語り始める。
―競汽爛┘14:13-14「王様御自身、追放された方を連れ戻そうとなさいません。王様の今回の御判断によるなら、王様は責められることになります。私たちは皆、死ぬべき者、地に流されれば、再び集めることのできない水のようなものでございます。神は、追放された者が神からも追放されたままになることをお望みになりません。そうならないように取り計らってくださいます」。
・女はダビデに「人は死ぬゆえに残された人生は貴重である。不和を残したままで死んではいけない、アブサロムを赦しなさい」と言う。ここでダビデは女の背後にヨアブがいることに気づき、アブサロムを連れ戻す許可を与える。
―競汽爛┘14:21「王はヨアブに言った「よかろう、そうしよう。あの若者、アブサロムを連れ戻すがよい」。


2.赦せないダビデの行為が新しい罪を生む


・しかし、ダビデはアブサロムを赦すことが出来ない。そのため、アブサロムが戻っても2年間彼に会わなかった。
―競汽爛┘14:23-24「ヨアブは立ってゲシュルに向かい、アブサロムをエルサレムに連れ帰った。だが、王は言った「自分の家に向かわせよ。私の前に出てはならない」。アブサロムは自分の家に向かい、王の前には出なかった」。
・このダビデの処置がアブサロムの心を荒廃させる。それ以上の仲介をしないヨアブに怒ったアブサロムは、ヨアブの畑に火をつけて、彼の注意を呼び起こす。アブサロムは自分のことしか考えない男になっていた。
―競汽爛┘14:28-30「アブサロムはエルサレムで二年間過ごしたが、王の前に出られなかった。アブサロムは、ヨアブを王のもとへの使者に頼もうとして人をやったが、ヨアブは来ようとせず、二度目の使いにも来ようとしなかった。アブサロムは部下に命じた「見よ、ヨアブの地所は私の地所の隣で、そこに大麦の畑がある。行ってそこに火を放て」。アブサロムの部下はその地所に火を放った」。
・ヨアブはアブサロムの苛立ちを見て、ダビデに執り成し、ダビデはアブサロムと会った。
―競汽爛┘14:31-33「アブサロムはヨアブに言った「私はお前に来てもらおうと使いをやった。お前を王のもとに送って、『何のために私はゲシュルから帰って来たのでしょうか、これではゲシュルにいた方がよかったのです』と伝えてもらいたかったのだ。王に会いたい。私に罪があるなら、死刑にするがよい」。ヨアブは王のもとに行って報告した。王はアブサロムを呼び寄せ、アブサロムは王の前に出てひれ伏して礼をした。王はアブサロムに口づけした」。
・表面的には和解がなされたが、本心からではない。このダビデの行為がやがてアブサロムに反乱を決意させ、アブサロムはダビデ軍に敗れて死ぬ。兄を殺した弟を赦せないゆえに、ダビデは二人の息子とも失ってしまった。
―競汽爛┘19:1「ダビデは身を震わせ、城門の上の部屋に上って泣いた。彼は上りながらこう言った「私の息子アブサロムよ、私の息子よ。私の息子アブサロムよ、私がお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、私の息子よ」。
・私たちは人を赦せず、その罪が新しい罪を生んでいく。ダビデは自分が赦されたのに、アブサロムを赦せなかった。
―マタイ18:32-35「主君はその家来を呼びつけて言った『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。私がお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか』。そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、私の天の父もあなたがたに同じようになさるであろう」。
・私たちも人を赦せない。赦せるとしたら、私たちがキリストの十字架を仰いだ時だけだ。
―ガラテヤ5:24「キリスト・イエスの者となった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです」。
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