すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.身を守るためにうそをつくダビデ



・サウルに命を狙われ、宮廷を逃げ出したダビデは、祭司アビメレクに保護を求めて、ノブに行った。ダビデが求めたのは、当座の食料と武器で、彼はアビメレクをだましてそれを手に入れようとする。
―汽汽爛┘21:3-4「ダビデは言った『王は私に一つの事を命じて、お前を遣わす目的、お前に命じる事を、だれにも気づかれるなと言われたのです。従者たちには、ある場所で落ち合うよう言いつけてあります。それよりも、何か、パン五個でも手もとにありませんか。他に何かあるなら、いただけますか」。
・アビメレクはダビデを憐れみ、聖別されたパンを与え、さらにはゴリアトの剣までも与えた。イエスはダビデに聖別されたパンを与えたアビメレクの行為を賞賛される。アビメレクはダビデを憐れんで、祭司しか食べてはいけないパンを与えた。神の憐れみもこのようだとイエスは言われる。
―マタイ12:1-8「ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、『御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている』と言った。そこで、イエスは言われた『ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べたではないか。・・・わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではないという言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。人の子は安息日の主なのである』」。
・食料と武器を手にしたダビデは、ガド王アキシュに救いを求める。サウルと敵対するペリシテの王であれば、保護してくれるかもしれないと思ったからだ。しかし、ガドの王は信用しない。ダビデは狂人を装ってガドから逃れる。
―汽汽爛┘21:14-16「彼らに捕らえられると、(ダビデは)気が狂ったのだと見せかけ、ひげによだれを垂らしたり、城門の扉をかきむしったりした。アキシュは家臣に言った『見てみろ、この男は気が狂っている。なぜ連れて来たのだ。・・・この男を私の家に入れようというのか』」。
・ダビデはガドを逃れてアドラムの洞窟に身を隠す。そこにダビデの一族やサウル王に不満を持つものが集まり、400人ほどの勢力になっていく。さらにはモアブに行き、その保護を求める。
―汽汽爛┘22:1-2「ダビデはそこを出て、アドラムの洞窟に難を避けた。それを聞いた彼の兄弟や父の家の者は皆、彼のもとに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた」。



2.うそがもたらす悲劇と悔い改め


・そのダビデに預言者ガドが現れる「あなたは神により王として油注がれた。神に信頼して、逃げ隠れするな」との神の言葉を告げる。ダビデはユダの地に戻った。このことはダビデが公然とサウルの王権に挑戦することを意味した。サウルは苛立ち、アビメレクがダビデを助けたことを知り、これを糾弾するために呼び出す。
―汽汽爛┘22:13「サウルは言った『何故、お前はエッサイの子と組んでわたしに背き、彼にパンや剣を与え、神に託宣を求めてやり、今日のようにわたしに刃向かわせ、私を狙わせるようなことをしたのか』」。
・アビメレクは抗弁するがサウルはこれを聞かない。サウルは異邦人ドエグに命じて、アビメレク一族を殺す。
―汽汽爛┘22:18-19「王はドエグに『お前が行って祭司らを討て』と命じたので、エドム人ドエグが行って祭司らを討った。こうして、サウルはその日、亜麻布のエフォドを身に着けた者八十五人を殺し、また祭司の町ノブを剣で撃ち、男も女も、子供も乳飲み子も、牛もろばも羊も剣にかけた」。
・ダビデのついたうそが多くの命を殺させた。ダビデは惨殺を逃れたアビメレクの子アビアタルを保護する。
―汽汽爛┘22:22-23「ダビデはアビアタルに言った『あの日、私はあの場に居合わせたエドム人ドエグが必ずサウルに報告するだろう、と気づいていた。私があなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまったのだ。私の元に留まっていなさい。恐れることはない。私の命をねらう者はあなたの命をもねらう。私の元にいれば、あなたは安全だ』」。
・自分を守るためのうそはその結果を身に受けなければならない。他方、他者を守るためにうそをつくものは祝福を受ける。娼婦ラハブはイスラエルの兵士をかくまうためにうそをつくがそれが信仰の行為として賞賛される。
―ヘブル11:31「信仰によって、娼婦ラハブは、様子を探りに来た者たちを穏やかに迎え入れたために、不従順な者たちと一緒に殺されなくて済みました」。
・ダビデでさえ、困った時には人をだまして、生き延びようとした。しかし神の言葉に接し、悔い改める。その言葉が詩篇34編だ。人の価値は過ちを犯すかどうかではなく、罪を悔い改めることが出来るかにかかる。
―詩篇34:1-19「ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放された時に。・・・主は助けを求める人の叫びを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる霊を救ってくださる」。
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