すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.ヨナタンの友情

・ダビデはサウル王に命を狙われ、サムエルの下に避難した。しかし、サウル王の気持ちを確かめなければ今後の展望はもてない。ダビデは彼に好意を持つ王子ヨナタンの下に行った。
―汽汽爛┘20:1-2「ダビデはラマのナヨトから逃げ帰り、ヨナタンの前に来て言った『私が、何をしたというのでしょう。お父上に対してどのような罪や悪を犯したからといって、私の命をねらわれるのでしょうか』。ヨナタンはダビデに答えた『決してあなたを殺させはしない』」。
・ヨナタンの立場は複雑だ。彼は王子として父の権威の下にあり、友としてダビデを愛している。ダビデはヨナタンにサウル王の気持ちを確かめるための試みを依頼し、ヨナタンはこれを引き受ける。
―汽汽爛┘20:5-8「明日は新月祭で、王と一緒に食事をしなければならない日です。あなたが逃がしてくだされば、三日目の夕方まで野原に隠れています。お父上が私の不在に気づかれたなら“ダビデは、ベツレヘムへ急いで帰ることを許して下さい、一族全体のために年ごとのいけにえを捧げなければなりません”と答えてください。王が“よろしい”と言われるなら僕は無事ですが、ひどく立腹されるなら、危害を加える決心をしておられると思って下さい」。
・ヨナタンはダビデの依頼を受け、父を試す。サウルは息子ヨナタンがダビデをかばうのを見て怒り狂う。
―汽汽爛┘20:30-34「サウルはヨナタンに激怒して言った『心の曲がった不実な女の息子よ。お前がエッサイの子をひいきにして自分を辱め、自分の母親の恥をさらしているのを、この私が知らないとでも思っているのか。エッサイの子がこの地上に生きている限り、お前もお前の王権も確かではないのだ。すぐに人をやってダビデを捕らえて来させよ。彼は死なねばならない』。・・・サウルはヨナタンを討とうとして槍を投げつけた。父がダビデを殺そうと決心していることを知ったヨナタンは、怒って食事の席を立った」。
・ヨナタンはダビデに王宮を離れて逃げるように伝える。二人は別れを惜しんで泣いた。
―汽汽爛┘20:41-42「従者が帰って行くと、ダビデは南側から出て来て地にひれ伏し、三度礼をした。彼らは互いに口づけし、共に泣いた。ダビデはいっそう激しく泣いた。ヨナタンは言った『安らかに行ってくれ。私とあなたの間にも、私の子孫とあなたの子孫の間にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから』」。


2.主が間におられる


・ここにあるのは選びの物語だ。サウルは神に選ばれて王になったが、その委託を果たさずに、自分の権力をほしいままにし、神に捨てられた。そして、新しい王としてダビデが選ばれた。ヨナタンはそのことを冷静に認める。
―汽汽爛┘20:13-15「主が父と共におられたように、あなたと共におられるように。その時私にまだ命があっても死んでいても、あなたは主に誓ったように私に慈しみを示し、主がダビデの敵をことごとく地の面から断たれる時にも、あなたの慈しみを私の家からとこしえに断たないでほしい」。
・王権が交替する時、新王は前王の一族郎党を殺して、将来の禍根を絶つ。しかし、ダビデは王になってもそうせず、ヨナタンの息子を自分の客として迎える。ヨナタンとの友情にこたえるためだ。
―競汽爛┘9:6-8「ヨナタンの子メフィボシェトは、ダビデの前に来るとひれ伏して礼をした『メフィボシェトよ』とダビデが言うと、『僕です』と彼は答えた。『恐れることはない。あなたの父ヨナタンのために、私はあなたに忠実を尽くそう。祖父サウルの地所はすべて返す。あなたはいつも私の食卓で食事をするように』」。
・「神が合わせたものを人が離してはならない」(マタイ19:5-6)。人間は結婚の誓いさえ守ることが出来ないのに、何故敵同士であるヨナタンとダビデの間に友情が成立するのか。そこには信仰に基づく愛がある。
―汽汽爛┘20:23「私とあなたが取り決めたこの事については、主がとこしえに私とあなたの間におられる」
・自分の利害よりも相手の利害を優先することが愛だ。それは人間の業ではなく、神の業だ。
―ヨハネ15:12-13「私があなた方を愛したように、互いに愛し合いなさい。これが私の掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」。
・聖書はイエスが十字架につかれることにより、敵意という隔ての壁が取り崩されたと宣言する。
―エペソ2:14-16「キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し・・・双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」。
・人間的には王の継承者はヨナタンだ。しかし、彼はダビデが自分よりも優れていることを認め、神の選びが彼の上にあるなら、彼が王になるようにと祈る。自分を超えていく者を喜ぶことは、信仰無しには出来ない。
―ローマ12:14-15「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」。
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