すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.奪われた契約の箱


・イスラエルはペリシテ軍との戦いに勝利するために、シロの神殿より「主の契約の箱」を持ち出し、戦闘の前面に押し立てた。しかし、戦闘は破れ、契約の箱はペリシテ軍に奪い取られてしまった。
―汽汽爛┘4:10-11「こうしてペリシテ軍は戦い、イスラエル軍は打ち負かされて、それぞれの天幕に逃げ帰った。打撃は非常に大きく、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。神の箱は奪われ、エリの二人の息子ホフニとピネハスは死んだ」。
・奪われた契約の箱はペリシテの町アシュドドに運ばれ、偶像神ダゴンの神殿に運ばれた。そこで不思議なことが起こる。一度ばかりも二度もダゴンの像が倒された。しかも契約の箱を拝むようにして倒されていた。
―汽汽爛┘5:1-4「ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。・・・その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた」。
・同じころ、アシュドドの町では、伝染性の腫れ物(おそらくは疫痢)が発生し、人々を苦しめた。70人訳聖書は行く先々でねずみが大量発生し、食料を食い尽くし、疫病をもたらしたと記す。
―汽汽爛┘5:6「主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた」。
・主の箱をガトに移したところ、そこでも疫病が発生した。
―汽汽爛┘5:9「箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった」。
・エクロンに送ったところ、そこでも疫病が発生し、人々は死の恐怖に怯えた。
―汽汽爛┘5:11-12「町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した」。


2.契約の箱の帰還


・ペリシテ人はこのような災いを見て、主の箱をイスラエルに送り返すことにした。彼らは金で造ったねずみと腫れ物を車に乗せて、主の箱と共にイスラエルに送り返した。イスラエルは箱の帰還を喜んだ。
―汽汽爛┘6:15「レビ人たちは主の箱と、その脇に置いてあった金の品物の入った箱とを下ろし、大きな石の上に置いた。その日ベト・シェメシュの人々は、焼き尽くす献げ物や、他のいけにえを主にささげた」。
・やがて箱はキルヤト・エアリムの町に保管され、アミナダブの子エルアザルがこれを守った。
―汽汽爛┘7:1「キルヤト・エアリムの人々はやって来て、主の箱を担ぎ上り、丘の上のアビナダブの家に運び入れた。そして、アビナダブの息子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた」。
・当初、イスラエルの人々は、主の箱さえあれば、戦争に勝てると思い込み、それを前面に押し立てて戦った。その時彼らは神の力を自分たちのために用いるという偶像崇拝の罪を犯した。そのため、主はイスラエルを打たれた。神は神であり、人は被造物に過ぎないことを知るために、イスラエルは戦争に負けて多くの者が死ぬという悲劇に見舞われる。
―出エジプト記20:2-7「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、私を置いてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。・・・あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。私は主、あなたの神。私は熱情の神である。・・・あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない」。
・この偶像崇拝は現代でも起こる。「主よ、主よ」と叫べば天国に行けると考える人々もまた偶像崇拝者である。
―マタイ7:21-23「私に向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。私の天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者が私に『主よ、主よ、私たちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、私はきっぱりとこう言おう『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、私から離れ去れ』」。
・偶像崇拝はまたご利益宗教である。ペリシテ人は自分たちの偶像神に主を加えようとして裁きを受けた。ヨブの
罪も自分の知恵の限界をわきまえず、神を批判したところにあった。
―ヨブ記42:1-6「ヨブは主に答えて言った「あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。・・・私には理解できず、私の知識を超えた、驚くべき御業をあげつらっておりました。・・・あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。それゆえ、私は塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます」。
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