すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.ベニヤミン族とイスラエル12部族の争い

・妻を殺されたレビ人は妻の遺体を12の部分に分け、イスラエル12部族にギブアの罪を告発した。12部族はギブアの近く、ミツパに集まり、ベニヤミン族へ犯人の引渡しを要求したが、ベニヤミン族はこれを拒否した。
―士師記20:12-13「イスラエルの諸部族は、全ベニヤミン族に人を送って、こう告げた『あなたたちの中で行われたあの犯行はなんということか。今、あのならず者の犯人がギブアにいれば、引き渡せ。犯人を殺してイスラエルの中から悪を取り除こう』。だが、ベニヤミンの人々は、その兄弟たち、イスラエルの人々の声を聞こうとはしなかった」。
・全イスラエルは制裁のために軍を起こして、ベニヤミン族を攻めた。それは民族の内部を清める聖戦だった。
―士師記20:17-19「イスラエルの人も・・・剣を携えた兵士四十万で、彼らは皆、軍人であった。彼らは立ち上がってベテルに上った。・・・翌朝、イスラエルの人々は行動を起こし、ギブアに対して陣を敷いた」。
・戦いは当初ベニヤミン族が優位で、イスラエルは大きな犠牲を出した。彼らは主の前に祈って勝利を得る。
―士師記20:26-28「イスラエルの人々は皆、そのすべての軍団と共にベテルに上って行き、主の御前に座り込んで泣いた。その日、彼らは夕方まで断食し、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を主の御前にささげた。・・・イスラエルの人々は言った『兄弟ベニヤミンとの戦いに、再び繰り返して出陣すべきでしょうか。それとも控えるべきでしょうか』。主は言われた『攻め上れ。明日、私は彼らをあなたの手に渡す』」。
・戦いはイスラエルの勝利となり、ベニヤミン族は男も女も殺され、ギブアを手始めに町々は焼かれた。徹底した聖絶がなされ、生き残ったベニヤミンの男は600人に過ぎなかった。
―士師記20:46-48「この日、ベニヤミンの全戦死者は剣を携える者二万五千人で、彼らは皆、軍人であった。六百人が荒れ野のリモンの岩場に逃げ・・・た。一方、イスラエル人はベニヤミンの人々のところに戻って来て、町の男たちから家畜まで、見つけしだい、残らず彼らを剣で撃ち、どの町にも見つけしだい火を放った」。


2.ベニヤミン族を回復させるために犯された罪


・イスラエルはベニヤミン族の大半を殺していた。彼らは12部族の一つを壊滅的に攻撃したことを悔い始める。
―士師記21:2-4「民はベテルに帰って、夕方まで神の御前に座り、声をあげて泣き叫んだ。『イスラエルの神、主よ。なぜイスラエルにこのようなことが行われ、今日イスラエルから一つの部族が欠けることになったのですか』。翌日、朝早く民は起きて、そこに祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた」。
・彼らは自分たちの知恵でベニヤミン族を救おうとする。戦いに参加しなかったギレアドのヤベシュを襲い、処女400人を捕虜とし、生き残ったベニヤミンの男に与える。ベニヤミンを救うために殺戮が行われた。
―士師記21:10-12「共同体は一万二千人の兵を派遣することにし、彼らにこう命じた『行って、ギレアドのヤベシュの住民を女や子供に至るまで剣にかけよ』。・・・彼らはこうして、ギレアドのヤベシュの住民の中に男と寝たことのない処女の娘四百人を見いだし、カナンの地にあるシロの陣営に連れ帰った」。
・それでも妻の数が足りない。イスラエルはベニヤミンの男たちにシロの娘を襲ってかどわかすことを勧める。
―士師記21:23-24「ベニヤミンの人々はそのようにした。彼らは踊っている女たちを奪い、その中から自分たちの数だけ連れ去って、自分の嗣業の地に帰り、町を築き、そこに住んだ。イスラエルの人々もそのときそこを去り、それぞれ自分の部族、自分の氏族のもとに帰って行った」。
・士師記はここで終わる。最後の言葉は「イスラエルには王がなく、彼らは自分の目に正しいことを行っていた」という言葉だ。神の民も、神の言葉を聞かずに、自分勝手な行為をすれば混沌が生じることを著者は強調する。
―士師記21:25「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」。
・一人の女性の死が、イスラエルとベニヤミン双方に万を越す死者をもたらし、その回復のために他の人々が殺されていく。二人のイスラエル軍兵士の誘拐に端を発し、双方に数千人の死者を出したレバノン戦争と同じだ。9.11の報復としてなされたアフガンやイラクとの戦争も同じだ。規律がない時、人はサタン化していく。
―ローマ13:1-7「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。実際、支配者は、善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう。権威者は、あなたに善を行わせるために、神に仕える者なのです。しかし、もし悪を行えば、恐れなければなりません。権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです。・・・すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい。貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい」。
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