すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.レビ族への割り当て

・レビ族は祭司として、土地の割り当てを受けず、イスラエル各部族から土地の分配を得よと主はモーセに言われた。祭司の嗣業は主ご自身であり、主が彼らを養われる。与えられるのは、生活に必要な最小限のものである。
―民数記35:1-8「主はモーセに仰せになった。『イスラエルの人々に命じなさい。嗣業として所有する土地の一部をレビ人に与えて、彼らが住む町とし、その町の周辺の放牧地もレビ人に与えなさい。町は彼らの住む所、放牧地は彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のためである』」。
・12部族への土地配分が終わった今、レビ族は自分たちの約束の配分をしてほしいと申し出、その通りになった。
―ヨシュア記21:1-3「レビ人の家長たちは、カナンの土地のシロにいる祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュアと、イスラエルの人々の部族の家長たちのもとに来て、『主は、私たちに住む町と家畜の放牧地を与えるよう、モーセを通してお命じになりました』と申し出た。イスラエルの人々は、主の命令に従って、自分たちの嗣業の土地の中から次の町々とその放牧地をレビ人に与えた」。
・48の町が与えられたが、その中には6つの逃れの町も含められていた。祭司の町に、過って罪を犯し追われるものが逃げ込める平安の場所が定められた。今日、教会がこの逃れの町となることが求められている。
―民数記35:6-8「あなたたちは、人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つレビ人に与え、それに加えて四十二の町を与えなさい。レビ人に与える町は、合計四十八の町とその放牧地である。イスラエルの人々の所有地の中からあなたたちが取る町については、大きい部族からは多く取り、小さい部族からは少なく取り、それぞれ、その受ける嗣業の土地の大きさに応じて、その町の一部をレビ人に与えなければならない」。
・彼らには生活するための町と、羊を養うための牧草地が与えられたが、畑は与えられなかった。祭司は神殿に仕えて生きることを許されているが、所有することは許されない。彼らの嗣業は主ご自身であるからだ。
―ヨシュア記21:11-12「彼らに与えられたのは、ユダの山地のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンおよびその周辺の放牧地であった。アルバはアナク人の先祖である。ただし、この町の畑と町に属する村は、既にエフネの子カレブに与えられ、彼の所有地となっていた」。
・ペテロは「あなたがたは皆祭司なのだ」という。私たちもレビ人のように生活することが求められている。
―汽撻謄2:9-12「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。・・・あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。また、異教徒の間で立派に生活しなさい」。


2.全ての約束は実現した

・全ての土地の配分が終ったとき、ヨシュア記の著者は言った「恵みの約束は全て実現した」と。
―ヨシュア記21:43-45「主が先祖に誓われた土地をことごとくイスラエルに与えられたので、彼らはそこを手に入れ、そこに住んだ。主はまた、先祖に誓われたとおり、彼らの周囲を安らかに住めるようにされたので、彼らに立ちはだかる敵は一人もなくなった。主は敵を一人残らず彼らの手に渡された。主がイスラエルの家に告げられた恵みの約束は何一つたがわず、すべて実現した」。
・私たちは違和感を覚える。土地の割り当ては終わったのかもしれないが、土地はまだイスラエルのものにはなっていない。恵みの約束は全て実現していないではないかと。
―ヨシュア記13:1「ヨシュアが多くの日を重ねて老人となったとき、主は彼にこう言われた。『あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている』」。
・ヨセフ族に割り当てられた地もまだ占領されていないではないか。
―ヨシュア記17:18「山地は森林だが、開拓してことごとく自分のものにするがよい。カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができよう」
・約束は与えられた時に成就する。イエスは言われた「神を信じなさい。そうすれば自分の力では解決できない問題であっても、神が解決してくださる」。それを信じるとき、ヨシュア記の信仰告白が理解できる。
―マルコ11:22-24「イエスは言われた。『神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、立ち上がって、海に飛び込めと言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる』」。


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