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1.ガリラヤ連合軍との戦い

・南部パレスチナ連合軍に勝利したイスラエルに、今度は北部パレスチナの諸国が連合して敵対する。ガリラヤ・シリア諸国との戦いである。
−ヨシュア記11:1-2「ハツォルの王ヤビンはこの事を聞くと、マドンの王ヨバブ、シムオンの王、アクシャフの王、更には北部山地、キネレトの南のアラバ、シェフェラ、西方のドル台地の王たちに使いを送った」。
・彼らの兵の数は浜の砂ほど多かったと言われる。イエス時代の歴史家ヨセフスは連合軍の戦力は歩兵30万、騎兵1万、戦車2万だったと記す(ヨセフス「ユダヤ古代史」)。
−ヨシュア記11:4-5「彼らは全軍勢を率いて出動したが、それは浜辺の砂の数ほどの大軍となり、軍馬、戦車も非常に多かった。王たちは皆連合し、イスラエルと戦おうと軍を進め、メロムの水場に共に陣を敷いた」。
・両軍はメロムの野で対峙したが、ヨシュアは奇襲を用いて、密かに敵の馬の筋を切り、戦車を焼いて、使用不能にし、この会戦に決定的な勝利を得る。
−ヨシュア記11:6-9「主はヨシュアに言われた『彼らを恐れてはならない。私は明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる。あなたは彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払え』。ヨシュアは全軍を率いてメロムの水場にいる敵を急襲した。 主が彼らをイスラエルの手に渡されたので、イスラエルはこれを撃ち、大シドンおよびミスレフォト・マイムまで、また東に向かってはミツパ平原まで追撃し、彼らを撃って一人も残さなかった。ヨシュアは、彼らに対して主の告げたとおりにし、馬の足の筋を切り、戦車を焼き払った」。
・馬の筋を切り、戦車を焼け。戦いの帰趨を決めるのは武力ではなく、人々の戦意だ。今日の日本はアメリカの武力に頼って国を防衛しようとしているが、これはエジプトの武力に頼って国を滅ぼしたイスラエルのようだ。
−イザヤ31:1「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない」。
・イスラエルは戦いに勝ち、敵を滅ぼし尽くしたとある。これも宗教的な記述であり、実際は長い時間をかけて徐々に占領が進んでいった。ガリラヤの占領もヨシュアの死後に為されたと聖書自身が語る。
−士師記4:1-24「エフドの死後、イスラエルの人々はまたも主の目に悪とされることを行い、主はハツォルで王位についていたカナンの王ヤビンの手に、彼らを売り渡された。・・・イスラエルの人々は、主に助けを求めて叫んだ。ヤビンは鉄の戦車九百両を有し、二十年にわたってイスラエルの人々を、力ずくで押さえつけたからである。・・・神はその日、カナンの王ヤビンをイスラエルの人々の前で屈服させてくださった。イスラエルの人々の手は、次第にカナンの王ヤビンを圧するようになり、ついにカナンの王ヤビンを滅ぼすに至った」。


2.ガリラヤ占領の意味


・ガリラヤはナフタリ族に与えられたが、ナフタリ族は異民族を完全に制圧することは出来ず、異民族の住む中に入植地を作って住むという状況であったらしい。
−士師記1:33「ナフタリは、ベト・シェメシュの住民、ベト・アナトの住民を追い出さず、その地の住民であるカナン人の中に住み続けた。ベト・シェメシュの住民とベト・アナトの住民は、強制労働に服した」。
・このガリラヤからイエス・キリストが出られた。マタイはその地を異邦人の地と評する。
−マタイ4:12-16「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。 『ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ』」。
・ヨハネは「ガリラヤから何の良いものが出ようか」とユダヤの人々が言っていた事を紹介する。
−ヨハネ7:47-52「ファリサイ派の人々は言った。『議員やファリサイ派の人々の中に、あの男を信じた者がいるだろうか。・・・よく調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないことが分かる』」。
・イエスは何故、辺境の地ガリラヤの、貧しい大工の子として生まれられたのだろうか。そこに贖罪の意味があるように思われる。彼は贖罪の羊として捧げられたのだ。
−イザヤ53:1-3「私たちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた」。
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