すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.祝福と呪い


・28章には、イスラエルに与えられる祝福と呪いが宣告される。イスラエルが主に従い、戒めを守るならば祝福が、背くならば呪いが与えられる。
−申命記28:1-2「もし、あなたがあなたの神、主の御声によく聞き従い、今日私が命じる戒めをことごとく忠実に守るならば、・・・これらの祝福はすべてあなたに臨み、実現するであろう」。
−申命記28:15「しかし、もしあなたの神、主の御声に聞き従わず、今日私が命じるすべての戒めと掟を忠実に守らないならば、これらの呪いはことごとくあなたに臨み、実現するであろう」。
・祝福は1-14節のみで、残りの54節は呪いだ。申命記は数百年にわたって書き継がれ、最終の完成はバビロン捕囚時と思われる。戒めを守らなかったから国を滅ぼされた、その後悔の思いが28章に出ている。
−申命記28:36「主は、あなたをあなたの立てた王と共に、あなたも先祖も知らない国に行かせられる。あなたはそこで、木や石で造られた他の神々に仕えるようになる」。
・特に47節以降はエルサレムが包囲され、滅ぼされた時の思いが反映していると言われている。
−申命記28:47-53「主は遠く地の果てから一つの国民を、その言葉を聞いたこともない国民を、鷲が飛びかかるようにあなたに差し向けられる。・・・ 彼らはすべての町であなたを攻め囲み、あなたが全土に築いて頼みとしてきた高くて堅固な城壁をついには崩してしまう。・・・あなたは敵に包囲され、追いつめられた困窮のゆえに、あなたの神、主が与えられた、あなたの身から生まれた子、息子、娘らの肉をさえ食べるようになる」。
・アブラハムへの祝福に始まった歴史が呪いへと落ちて行く。旧約は民の堕落の歴史、呪いの歴史である。その呪いの極限としての神の救済の否定にまで行く。民が再度エジプトに奴隷として送られていく。底の底まで落ちる。
−申命記28:62-68「あなたたちは空の星のように多かったが、あなたの神、主の御声に聞き従わなかったから、わずかな者しか生き残らない ・・・あなたたちは、あなたが入って行って得る土地から引き抜かれる。主は地の果てから果てに至るまで、すべての民の間にあなたを散らされる・・・『あなたは二度と見ることはない』とかつて私が言った道を通って、主はあなたを船でエジプトに送り返される。そこでは、あなたたちが自分の身を男女の奴隷として敵に売ろうとしても、買ってくれる者はいない」。


2.呪いからの脱出


・旧約の人々は底の底で主の名を呼んだ。神は私たちを捨てられたのではない。私たちが悔い改めれば、再び救って下さる。申命記30章は捕囚地からの叫びだ。
−申命記30:1-4「私があなたの前に置いた祝福と呪い、これらのことがすべてあなたに臨み、あなたが、あなたの神、主によって追いやられたすべての国々で、それを思い起こし、あなたの神、主のもとに立ち帰り、私が今日命じるとおり、あなたの子らと共に、心を尽くし、魂を尽くして御声に聞き従うならば、あなたの神、主はあなたの運命を回復し、あなたを憐れみ、あなたの神、主が追い散らされたすべての民の中から再び集めてくださる。たとえ天の果てに追いやられたとしても、あなたの神、主はあなたを集め、そこから連れ戻される」。
・律法による救いが破れたその時、主は新しい契約を結んで下さる。全くの恵みとして祝福が再び与えられる。
−エレミヤ31:31-34「見よ、私がイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつて私が彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。私が彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った。しかし、来るべき日に、私がイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。・・・私は彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない」。
・新しい契約者としてキリストが来られた。キリストが呪いとして死なれることによって新しい契約が結ばれた。
−ガラテヤ3:13-14「キリストは、私たちのために呪いとなって、私たちを律法の呪いから贖い出して下さいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてあるからです。それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、また、私たちが、約束された“霊”を信仰によって受けるためでした」。
・信仰者は絶対に行き詰らない。行き詰まりの底でキリストが与えられた事を知るからだ。
−哀歌3:28-33「軛を負わされたなら、黙して、独り座っているがよい。塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。打つ者に頬を向けよ、十分に懲らしめを味わえ。主は、決してあなたをいつまでも捨て置かれはしない。主の慈しみは深く、懲らしめても、また憐れんでくださる。人の子らを苦しめ悩ますことがあっても、それが御心なのではない」。
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