すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.逃れの町


・約束の地に入ったらならば、過って人を殺したものを救う為に、逃れの町を造れと命令される。
-申命記19:2-3「あなたの神、主があなたに与えて得させられる土地のうちに三つの町を選び分けなさい。そして道のりを測り、あなたの神、主があなたに受け継がせられる領土を三つに分け、人を殺した者がだれでもそこに逃げられるようにしなさい」。
・それは故意ではなく、過って人を殺した者を保護するためである。
-申命記19:4-7「意図してでなく、積年の恨みによるのでもないのに、隣人を殺してしまった者が逃れて生き延びうるのは、次のような場合である。すなわち、隣人と柴刈りに森の中に入り、木を切ろうと斧を手にして振り上げたとき、柄から斧の頭が抜けてその隣人に当たり、死なせたような場合である。彼はこれらの町の一つに逃れて生き延びることができる。・・・その人は、積年の恨みによって殺したのではないから、殺される理由はない。私はそれゆえ、三つの町を選び分けるようにあなたに命じる」。
・しかし、故意に人を殺した者は保護されない。人の血を流した者は自己の血で償わなければいけない。神に属する命を殺した者は神に対して罪を犯した。故に償う必要がある。
-創世記9:5-6「あなたたちの命である血が流された場合、私は賠償を要求する。いかなる獣からも要求する。人間どうしの血については、人間から人間の命を賠償として要求する。人の血を流す者は、人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ」。
・イエスは「兄弟を憎む者は兄弟を殺したのと同じだ」と言われる(マタイ5:21-22)。人はみな殺人者だ。その時、逃れの町が用意されていることは祝福だ。その町は領土が拡大したら、更に三つ造れと言われる。
-申命記19:8-9「私が、今日、あなたに命じるこの戒めをすべて忠実に守って、あなたの神、主を愛し、生涯その道に従って歩むならば、あなたの神、主は、先祖に誓われたようにあなたの領土を広げ、先祖に与えると約束された土地をことごとくあなたに与えられる。そのときには、この三つの町のほかに、更に三つの町を加えなさい」。
・罪なき者の血を流してはならない。しかし、罪は購わなければ為らない。有罪者を憐れんではいけない。
-申命記19:11-13「もしある者が隣人を憎み、待ち伏せして襲いかかって打ち殺し、これらの町の一つに逃れたならば、その犯人を出した町の長老たちは、人を遣わして彼を捕らえ、復讐する者の手に引き渡して殺させねばならない。彼に憐れみをかけてはならない」。
・この厳しさの中で、私たちの贖いのために十字架で血が流される。それは安価な救いではないから、私たちも相応の生き方が求められる。救いとは、重荷を無くす事ではなく、重荷を主が共に担われるということだ。
-マタイ11:28-30「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。私は柔和で謙遜な者だから、私の軛(クビキ)を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。私の軛は負いやすく、私の荷は軽いからである。」


2.地境の移動の禁止と報復同害法


・土地は神の嗣業として与えられたものだから、地境を移動してはならないとされた。それは神のものだ。
-申命記19:14「あなたの神、主があなたに与えて得させられる土地で、すなわちあなたが受け継ぐ嗣業の土地で、最初の人々が定めたあなたの隣人との地境を動かしてはならない」。
・土地は神から人に与えられたもので、たとえ王でさえ、その権利を侵してはならない。「生きて虜囚の辱めを受けず」として王への絶対服従、個人の否定を求めるを求めた日本の考え方は、無神論に立つものだ。
-申命記20:7「婚約しただけで、まだ結婚していない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が彼女と結婚するようなことにならないように。」
・刑罰は基本的には報復同害である。これは無差別の復讐を禁じたものとして、今日でも刑事法の基本だ。
-申命記19:21「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足を報いなければならない」。
・しかし、イエスはこの律法を乗り越えよと言われた。打たれても打ち返すなと言われた。
-マタイ5:38-39「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」。
・己の罪を考えた時、誰も打ち返すことは出来ない。罪を見据えた、新しい戒めがここに生まれた。
-ヨハネ8:7「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
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