すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.占いの禁止


・イスラエルにおいては、占いや呪術が禁止された。それは神の意思を人間の方から知ろうとする試みだからだ。
-申命記18:9-12「あなたがあなたの神、主の与えられる土地に入ったならば、その国々のいとうべき習慣を見習ってはならない。あなたの間に、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、卜者、易者、呪術師、呪文を唱える者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない。これらのことを行う者をすべて、主はいとわれる。これらのいとうべき行いのゆえに、あなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるであろう」。
・宗教は神の意思を人間の側から知ろうとする。そして自分の都合の良いことを神の意思と思い込む。このような行為がここで禁止されている。聖書は神の意思は啓示されるから、それを待てと教える。
-申命記18:13-14「あなたは、あなたの神主と共にあって全き者でなければならない。あなたが追い払おうとしているこれらの国々の民は、卜者や占い師に尋ねるが、あなたの神主はあなたがそうすることをお許しにならない」。
・人は自分に都合の良いことを聞きたがる。それが人々を偶像礼拝に走らせ、偽預言者を生む。それが、神の民の共同体を混乱させる。コリント教会でパウロ派とアポロ派が分かれたのも、好む指導者を人々が求めたからだ。
-汽灰1:11-13「あなたがたはめいめい、『私はパウロにつく』『私はアポロに』『私はケファに』『私はキリストに』などと言い合っているとのことです。キリストは幾つにも分けられてしまったのですか」。
・占いの禁止が意味することは、勝手な礼拝の禁止だ。礼拝とは神の前に畏れて、神の言葉を聴く行為だ。
-ヨブ36:15「神は貧しい人をその貧苦を通して救い出し、苦悩の中で耳を開いてくださる」。


2.祭司と預言者


・神の言葉を聞くものとして祭司と預言者が立てられる。祭司はレビ人から立てられ、神殿で犠牲を捧げた。祭司はその全ての時間を礼拝の奉仕にささげる。故に礼拝の献げ物を食べることが出来る。主が彼の嗣業となる。
-申命記18:1-2「レビ人である祭司、レビ族のすべての者には、イスラエル人と同じ嗣業の割り当てがない。彼らは、燃やして主にささげる献げ物を自分の嗣業の分として食べることができる。同胞の中で彼には嗣業の土地がない。主の言われたとおり、主が彼の嗣業である」。
・祭司の役割は犠牲を献げて民の罪を購い、民の罪を執り成すことだ。
-レビ19:22「祭司が献げ物の雄羊をもって、彼の犯した罪のために主の御前で彼のために贖いの儀式を行うと、彼の罪は赦される」。
・今日で言えば、バプテスマを執り行い、主の晩餐を行い、祝祷することに祭司の役割がある。その祭司は神から召命を受けて任じられる。
-申命記18:5「あなたの神、主が全部族の中から彼を選び、彼とその子らを永久に主の名によって仕える者とされたからである」。
・預言者の役割は異なる。預言者は神の言葉を聞き、それを民に告げる者である。
-申命記18:18-19「私は彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口に私の言葉を授ける。彼は私が命じることをすべて彼らに告げるであろう。彼が私の名によって私の言葉を語るのに、聞き従わない者があるならば、私はその責任を追及する」。
・しかし、聞いていないものを聞いたとして告げるものが出てくる。偽預言者である。神の言葉ではなく、民が聞きたがる言葉を預言者が語り始めた時、その預言者は死ななければならないと命じられる。
-申命記18:20「ただし、その預言者が私の命じていないことを、勝手に私の名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない。」
・偽預言者はいつの時代でも出る。捕囚は短期で終わるとして、エレミヤと対峙したハナンヤもそうであった。
-エレミヤ28:1-17「アズルの子ハナンヤが、祭司とすべての民の前で私に言った。『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。私はバビロンの王の軛を打ち砕く。二年のうちに、私はバビロンの王ネブカドネツァルがこの場所から奪って行った主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる』。・・・預言者エレミヤは、預言者ハナンヤに言った。「ハナンヤよ、よく聞け。主はお前を遣わされていない。お前はこの民を安心させようとしているが、それは偽りだ」。
・預言の正しさはその実現で知られる。
-申命記18:22「その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない」。
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