すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.荒野の旅の回顧


・イスラエルの民は、約束の地に入る前に、主の戒めを守ることを再度確認させられる。約束の地で、彼らが祝福を受けるかどうかは、彼らが主に従順かどうかで決まるからだ。
−申命記8:1「今日、私が命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる」。
・何故、主の戒めがそれほど大事なのか。主こそ、荒野の40年間を導き、養われた方だからだとモーセは説く。
−申命記8:2-3「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」。
・主は、民から必要なものを取り去り、窮乏の状況に置いて、人を教育される。そのことを通して、人は自分ひとりの力では生きることが出来ない事、養われるのは神であることを知る。
−申命記8:4「この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった」。
・支えは神から来る。そのことを知るためには飢えることが必要だ。だから神は私たちを荒野に導かれる。
−申命記8:5-6「あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい」。
・主が養われる事を知った時、私たちは恵みに感謝する。主はあなた方をよい地に導きいれようとしておられる。
−申命記8:7-10「あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。不自由なくパンを食べることができ、何一つ欠けることのない土地であり、石は鉄を含み、山からは銅が採れる土地である。あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい」。


2.讃美が傲慢に変わる時


・恵みを受けた民は感謝するが、やがて恵みに慣れ、それを当然と思い始めるだろうと預言される。
−申命記8:11-14「私が今日命じる戒めと法と掟を守らず、あなたの神、主を忘れることのないように、注意しなさい。あなたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が殖え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心おごり、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい」。
・恵みを当然と思い始めた者は、この富は自分が築いたと思い始める。
−申命記8:17「あなたは、『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない」。
・富は労働に対する対価ではなく、神の賜物だ。それを忘れる時、富は腐り始める。
−申命記8:18「むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」。
・自分の力に頼るようになり、主を忘れるようになった時、主は再びあなたを荒野に連れ戻される。
−申命記8:19-20「もしあなたが、あなたの神、主を忘れて他の神々に従い、それに仕えて、ひれ伏すようなことがあれば、私は、今日、あなたたちに証言する。あなたたちは必ず滅びる。主があなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、あなたたちの神、主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る」。
・あなたが今バビロンの地で苦しみうめくのは、あなたが主の恵みを忘れ、傲慢になったからだ。それを知るためにあなたに捕囚と言う苦しみが与えられた。だから「今日、モーセの言葉をあなたも聞け」。
−申命記9:6-7「あなたが正しいので、あなたの神、主がこの良い土地を与え、それを得させてくださるのではないことをわきまえなさい。あなたはかたくなな民である」。
・荒野への再度の導きは、神の呪いではない。あなたが再び生きるための祝福なのだ。苦難は祝福だ。
−エレミヤ29:11-14「私は、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。・・・あなたたちが私を呼び、来て私に祈り求めるなら、私は聞く。私を尋ね求めるならば見いだし、心を尽くして私を求めるなら私に出会うであろう・・・私は捕囚の民を帰らせる。私はあなたたちをあらゆる国々の間に、またあらゆる地域に追いやったが、そこから呼び集め、かつてそこから捕囚として追い出した元の場所へ連れ戻す、と主は言われる」。
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