すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.約束の遅延に対する人間の業(1-3節)


・アブラハムは約束を受けたが、サラの胎を開かれない。アブラハムとサラは自分たちで約束を満たそうとする。
―創世記16:1-2「アブラムの妻サライは子を産まなかった。・・・サライはアブラムに言った、「主はわたしに子をお授けになりません。どうぞ、わたしのつかえめの所におはいりください。彼女によってわたしは子をもつことになるでしょう」。アブラムはサライの言葉を聞きいれた。」
・神の約束を待つには情況は悲観的であり、アブラハムはその情況の中では約束を待てなかった。
―アブラハムは既に85歳であった。
―妻サラは不妊で、年も75歳になっていた。
―世継ぎを与えるとの約束から10年が過ぎていた。
・妻に子が産まれないとき、女奴隷に子を産ませて世継ぎを得ることは当時の慣習であった。
―創世記30:3「ラケルは言った、わたしのつかえめビルハがいます。彼女の所におはいりなさい。彼女が子を産んで、わたしのひざに置きます。そうすれば、わたしもまた彼女によって子を持つでしょう」。


2.罪の報いとしての争い(4-6節)


・ハガルは妊娠するが、そのことが新しい争いを生む。
―創世記16:4「彼はハガルの所にはいり、ハガルは子をはらんだ。彼女は自分のはらんだのを見て、女主人を見下げるようになった。」
・サラは正妻であり、女主人であるとの地位を脅かされたためハガルに反撃し、ハガルは家を出る。
―創世記16:5-6「サライはアブラムに言った「わたしが受けた害はあなたの責任です。」・・・アブラムはサライに言った「・・・あなたの好きなように彼女にしなさい」。・・・サライが彼女を苦しめたので、彼女はサライの顔を避けて逃げた。」
・二人の妻があるところでは必ず、このような争いが起きる。
―サムエル1:2-7「エルカナには、ふたりの妻があって、ひとりの名はハンナといい、ひとりの名はペニンナといった。ペニンナには子どもがあったが、ハンナには子どもがなかった。・・・ペニンナは彼女を悩ましたので、ハンナは泣いて食べることもしなかった。」

3.小さきものに目を留められる神(7-16節)

・ハガルは逃げて砂漠をさまようが、そのハガルを主は見捨てられない。
―創世記16:7-8「主の使は荒野にある泉のほとり、すなわちシュルの道にある泉のほとりで、彼女に会い、そして言った、サライのつかえめハガルよ、あなたはどこからきたのですか、またどこへ行くのですか」
・ハガルはこんな自分も神が見捨てずにおられることを知り、主人の元に帰る力が与えられる。
―創世記16:9-10「主の使は彼女に言った、あなたは女主人のもとに帰って、その手に身を任せなさい。主の使はまた彼女に言った、わたしは大いにあなたの子孫を増して、数えきれないほどに多くしましょう」。
・神は人間の罪によって生じた出来事にも関与される。神は悪人の上にも太陽を登らせ給う神である。
―マタイ5:45「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。」
・人間は約束を待てず、自分で行為しようとする。その結果、争いが生じ、どちらかが破れる。その破れたもの、小さき者さえも神は関わられる。ハガルはその神をエル・ロイ(見ておられる神)と呼んだ。
―創世記16:13「ハガルは自分に語られた主の名を呼んで、あなたはエル・ロイですと言った。彼女がここでも、わたしを見ていられるかたのうしろを拝めたのかと言ったことによる。」
・人がこの神を見出した時、どのような境遇の中にも帰っていくことができる。それはヨブが苦しみの中で見出した神でもあった。
―ヨブ記36:15「神は苦しむ者をその苦しみによって救い、/彼らの耳を逆境によって開かれる。」
・この神こそが放蕩息子が立ち返ることを待ち望まれる神である。
ルカ15:20-21「そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。」
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