すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.清めの水による清め


・コラの反逆の結果、多くの人が死に、その死体に触れた人たちを清める必要があった。そこで、主はアロンに命じて赤毛の雌牛を焼き、その灰で清めの水を作れと命じられた。
−民数記19:2-9「イスラエルの人々に告げて、まだ背に軛を負ったことがなく、無傷で、欠陥のない赤毛の雌牛を連れて来させなさい。それを祭司エルアザルに引き渡し、宿営の外に引き出して彼の前で屠る。祭司エルアザルは、指でその血を取って、それを七度、臨在の幕屋の正面に向かって振りまく。そして、彼の目の前でその雌牛を焼く。皮も肉も血も胃の中身も共に焼かねばならない。・・・身の清い人が雌牛の灰を集め、宿営の外の清い所に置く。それは、イスラエルの人々の共同体のために罪を清める水を作るために保存される」。
・本章に述べられるきよめの儀式は,聖所の祭壇上において動物をほふる一般のいけにえ奉献とは異なり,「汚れ」を除くために〈宿営の外〉で〈赤い雌牛〉を用いて行われる特別な儀式である。ヘブル書の記者がイエスの十字架を描く時、彼はこの旧約の規程を前提に述べている。
−ヘブル13:11-12「罪を贖うための動物の血は、大祭司によって聖所に運び入れられますが、その体は宿営の外で焼かれるからです。イエスもまた、御自分の血で民を聖なる者とするために、門の外で苦難に遭われたのです」。
・死体に触れた者は7日の間汚れる。その汚れは清めの水によって清められる。
−民数記19:11-13「どのような人の死体であれ、それに触れた者は七日の間汚れる。彼が三日目と七日目に罪を清める水で身を清めるならば、清くなる。しかし、もし、三日目と七日目に身を清めないならば、清くならない。すべて、死者の体に触れて身を清めない者は、主の幕屋を汚す。その者はイスラエルから断たれる。清めの水が彼の上に振りかけられないので、彼は汚れており、汚れがなお、その身のうちにとどまっているからである」。


2.体の清めから、心の清めに

・旧約においては身体的汚れを祭儀によって清める。しかし、人々は次第にこのような儀式では洗い清められない心の汚れがあることを知るようになる。
−イザヤ1:15-17「お前たちが手を広げて祈っても、私は目を覆う。どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。お前たちの血にまみれた手を洗って、清くせよ。悪い行いを私の目の前から取り除け。悪を行うことをやめ、善を行うことを学び、裁きをどこまでも実行して、搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ」。
・心の内の汚れを洗い清めることこそ、本当の清めであることを旧約の人たちも知るようになった。
−詩篇51:4-9「私の咎をことごとく洗い、罪から清めてください。あなたに背いたことを私は知っています。私の罪は常に私の前に置かれています。・・・ヒソプの枝で私の罪を払ってください。私が清くなるように。私を洗ってください。雪よりも白くなるように」。
・同時に、心の汚れを洗い清めるためには、人の力だけではどうしようも無いことにも気づいていった。人は根本から変わらなければ、清められない存在なのだ。
−エゼキエル36:25-26「私が清い水をお前たちの上に振りかけるとき、お前たちは清められる。私はお前たちを、すべての汚れとすべての偶像から清める。私はお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。私はお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える」。
・イエスもまた、本当の汚れは外からではなく、心の中から来ることを知っておられた。
−マルコ7:20-23「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」
・その汚れを清めるために、イエスは十字架につかれた。
−ヘブル9:13-14「もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、まして、永遠の“霊”によって、御自身を傷のないものとして神に献げられたキリストの血は、私たちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか」。
・この十字架による清めこそ、本当の清めである。古い人は十字架でイエスと共に死んだ。それが新生である。
−ローマ6:6「私たちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています」。
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