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2019年5月30日祈祷会(サムエル記下18章、息子の死を悼むダビデ)

1. ダビデ軍が反乱軍に勝つ

・ダビデたちはマハナイムで態勢を整え、アブサロム軍を迎え撃つ準備をした。ダビデは配下の軍を三つに分け、自らも出陣の支度をした。部下たちはダビデの出陣を好ましくないと退けた。戦いの主眼は、ダビデと子アブサロムの王位をめぐる争いであり、ダビデが死ねば全軍が崩れる危険性がある。ダビデは部下たちの助言に従い、後方に残る。
−サムエル記下18:3-4「兵士は言った『出陣なさってはいけません。我々が逃げ出したとしても彼らは気にも留めないでしょうし、我々の半数が戦死しても気にも留めないでしょう。しかしあなたは我々の一万人にも等しい方です。今は町にとどまり、町から我々を助けてくださる方がよいのです』。『私はお前たちの目に良いと映ることをしよう』と王は言って、町の城門の傍らに立ち、兵士は皆、百人隊、千人隊となって出て行った」。
・ダビデは出征する将軍たちに、「息子アブサロムを殺すな」と命じる。
−サムエル記下18:5「王はヨアブ、アビシャイ、イタイに命じた『若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ』。兵士は皆、アブサロムについて王が将軍たち全員に命じるのを聞いていた」。
・戦いは一方的にダビデ軍の勝利に終わり、敵将アブサロムは逃走中に森の枝に絡まり、動けなくなる。
―サムエル記下18:6-9「兵士たちはイスラエル軍と戦うために野に出て行った。戦いはエフライムの森で起こり、イスラエル軍はそこでダビデの家臣に敗れた。大敗北で、その日、二万人を失った・・・アブサロムがダビデの家臣に出会った時、彼はらばに乗っていたが、らばが樫の大木のからまりあった枝の下を通ったので、頭がその木にひっかかり、彼は天と地の間に宙づりになった」。
・豊かな髪はアブサロムの誇りであったが、その髪がアブサロムの命取りになる。ダビデの部下たちはアブサロムを殺すことをためらうが、将軍ヨアブは躊躇せずアブサロムを殺す。「イスラエルに二人の王はいらない」、アブサロムが生きていればまた王国に災いが臨むからだ。
−サムエル記下18:14-15「アブサロムは樫の木にひっかかったまま、まだ生きていた。ヨアブは棒を三本手に取り、アブサロムの心臓に突き刺した。ヨアブの武器を持つ従卒十人が取り囲んでアブサロムを打ち、とどめを刺した」。

2.息子の死を悼むダビデ

・「ダビデ軍が勝利したが、アブサロムは死んだ」との報告がダビデ王にもたらされた。ダビデはそれを聞くと、戦勝を喜ぶこともせずに、城門の上の部屋にこもり、息子の死を嘆いた。
−サムエル記下19:1「ダビデは身を震わせ、城門の上の部屋に上って泣いた。彼は上りながらこう言った『私の息子アブサロムよ、私の息子よ。私の息子アブサロムよ、私がお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、私の息子よ、私の息子よ』」。
・アブサロムの死はイスラエル王国にとって良い知らせであった。しかし父としてのダビデには悪い知らせだった。ダビデはバテシバと姦淫を犯したために、タマルを犯した長子アムノンを処罰することが出来なかった。そのことがタマルの同腹の兄アブサロムに、復讐として兄殺しをさせた。兄を殺したアブサロムをダビデは赦すことが出来ず、アブサロムの反乱と死を招いた。自分の犯した罪で二人の息子が死んだ。罪の結果は死なのである。ダビデは罪の実を刈り取らなければいけない。
−サムエル記下12:13-14「ダビデはナタンに言った『私は主に罪を犯した』。ナタンはダビデに言った『その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ』」。
・しかし、同時に人は与えられた使命を果たさなければいけない。今、ダビデは王であり、自分のために命をかけて戦ってくれた将兵の労に報いることが必要だ。将軍ヨアブはそのことをダビデに説いた。
−サムエル記下19:3-7「その日兵士たちは、王が息子を思って悲しんでいることを知った。すべての兵士にとって、その日の勝利は喪に変わった。その日兵士たちは、戦場を脱走して来たことを恥じる兵士が忍び込むようにして、こっそりと町に入った。王は顔を覆い、大声で叫んでいた・・・ヨアブは屋内の王のもとに行き、言った『王は今日、王のお命、王子、王女たちの命、王妃、側女たちの命を救ったあなたの家臣全員の顔を恥にさらされました。あなたを憎む者を愛し、あなたを愛する者を憎まれるのですか。私は今日、将軍も兵士もあなたにとっては無に等しいと知らされました。この日、アブサロムが生きていて、我々全員が死んでいたら、あなたの目に正しいと映ったのでしょう・・・立って外に出、家臣の心に語りかけてください。主に誓って言いますが、出て来られなければ、今夜あなたと共に過ごす者は一人もいないでしょう』」。
・「この日、アブサロムが生きていて、我々全員が死んでいたら、あなたの目に正しいと映ったのですか」とのヨアブの叫びはダビデを正気に返らせた。ダビデは兵を迎えるために、城門に来た。
−サムエル記下19:9「王は立ち上がり、城門の席に着いた。兵士は皆、王が城門の席に着いたと聞いて、王の前に集まった。イスラエル軍はそれぞれ自分の天幕に逃げ帰った」。

3.サムエル記18章の黙想(空知太栄光キリスト教会「牧師の書斎から」)

・ダビデはマハナイムを自分の陣営の拠点としながら、エフライムの森においてアブシャロムとの全面戦争を余儀なくされる。ダビデは軍の部隊を三つに分け、それぞれヨアブとアビシャイとイタイにその指揮を任せる。その際にダビデが彼らに言った言葉の中に、すでに自分の王としての立場と自分の息子に対する情との相克に悩んでいる姿が見える「私に免じて、若者アブシャロムをゆるやかに扱ってくれ」(18:5)。
・他方、ヨアブとその部下たちは戦いの論理の中に生きている。エフライムの森での戦いはダビデ側にとって優勢だったが、アブサロムの死をもってクーデターは失敗に終わる。戦いの部隊は生きるか死ぬか、敵か味方か、相手を倒さなければ自分が死ぬという明解な論理の世界であり、そうした過酷な状況の中で、ダビデの軍の将軍であったヨアブはダビデの命令に反してアブサロムを殺す (18:10〜17)。
・ダビデは息子の死を聞いて、「身震いして・・泣いた」 (18:22)。そのダビデに将軍ヨアブは語る「あなたは、きょう、あなたのいのちと、あなたの息子、娘たちのいのち、それに、あなたの妻やそばめたちのいのちを救ったあなたの家来たち全部に、きょう、恥をかかせました」(19:6)。このヨアブの直言はダビデの心を動かし、ダビデは王として凱旋して帰還する兵士たちを迎えた。王としての立場と私情の立場の相克に苦しむダビデ、しかしその相克は王としての立場が優先される必要があった。父ダビデが息子アブサロムを思う気持ちは、ヨアブが自分の命を賭けて戦った部下たちへの気持ちは同じなのだ。しかし聖書は、ダビデが一国の王として、国の体制を維持しそのために命を賭けている者たちを、肉親の情よりも優先せざるを得なかったダビデの苦しみの心境を如実に描いている。

4. サムエル記18章の黙想供2002年7月28日富山鹿島町教会藤掛順一牧師説教要約から)

・ダビデは王ゆえに私情を離れて、王国や兵士たちのことを考えなければいけない。ダビデは、王ゆえに、反乱を起した息子アブサロムと戦わなければならない。そして戦いの指揮官であるからには、勝利のために全力を尽さなければならない。王としての責任を果たすためには、自分の息子に対する愛をも乗り越えなければならない。それが将軍ヨアブの主張であり、それは正しい。ヨアブという冷徹な側近がいたために、ダビデの王としての間違いは、致命的な事態を生まずに、事無きを得た。
・けれどもそのことをわきまえつつも、息子への愛のゆえに冷静な判断を失い、王としての立場には相応しくない無責任なことを語り、敵の大将である息子の安否ばかりを気にかけ、息子が死んだと聞くとひたすら嘆き、(わが子よ、わが子よ)と泣き続けたダビデに、私たちは親近感を感じる。ダビデのあの嘆きの言葉に胸を打たれる。自分に背き、反旗を翻して、自分を殺そうとしたアブサロムとの戦いにおいて、彼の命を守ろうとし、彼が戦いに敗れて殺されたことを聞くと、「私がお前に代わって死ねばよかった」と言って嘆き悲しむ、そこに、ダビデの息子アブサロムへの理屈を超えた深い愛が現われ出ている。
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