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1.性的汚れと清め


・レビ記15章では性的汚れが扱われている。生理的不浄(男子の夢精、女子の月経等)は身を洗うことによって清いとされる。
−レビ記15:16-19「人に精の漏出があったならば、全身を水に浸して洗う。その人は夕方まで汚れている。・・・女性の生理が始まったならば七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人は全て夕方まで汚れている。」
・病理的不浄は、性病を指し、感染予防のために、厳格な隔離と治癒後の清めが要求された。
−レビ記15:2-3「もし、尿道の炎症による漏出があるならば、その人は汚れている。漏出による汚れは以下のとおりである。尿道から膿が出ている場合と尿道にたまっている場合。以上が汚れである。」
−レビ記15:13-15「漏出のある人が、それがやんで清くなったならば、清めの期間としての七日間を経た後、衣服を水洗いし、新鮮な水で身を洗うと、清くなる。・・・祭司は、一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物として主の御前にささげ、漏出の汚れを清めるために贖いの儀式を行う。」
・淋病であろう。病にかかった者を不浄とし、直接・間接の接触を避けることにより、性病の蔓延を防いだ。
*淋病「症状としては、感染(性行為)後、7日以内に尿道から黄色のウミがでて、女性は黄色のおりものが出る。排尿の時痛みを伴ったり、尿の出口が赤くなったりする。女性の場合は、初期症状は、感染後数日で尿道炎または子宮頚管炎を起こす。膀胱炎を起こしてしまうと、頻尿、排尿痛、残尿感などの症状が出、更に病気が進行すると、子宮内膜炎、卵管炎、子宮周囲炎、骨盤腹膜炎を起こし、腹痛、発熱も伴う事が多く、不妊症の原因と為る事も有り、子宮外妊娠の原因となることもある」
・これらの規定は直接的には病気の感染防止のためであり、間接的には宗教的清浄を求めるものであった。
−レビ記15:31「あなたたちはイスラエルの人々を戒めて汚れを受けないようにし、あなたたちの中にある私の住まいに彼らの汚れを持ち込んで、死を招かないようにしなさい。」


2.汚れによる排除の悲しみ

・人間にとって性的汚れは宿命的なものである。イエスの家系にも、性的汚れがあった事を聖書は隠さない。
−マタイ1:1-6「イエス・キリストの系図。・・・ユダはタマルによってペレツとゼラを、・・・ルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、・・・ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけた」
・性病を治すすべを持たなかった古代においては、共同体からの排除しか方法はなかった。しかし、その排除が人間疎外を生んだことも事実である。マルコ5章の長血をわずらう女がそうである。
−マルコ5:25-29「ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。『この方の服にでも触れればいやしていただける』と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。」
・女は正面からイエスに近づけなかった。汚れているとされたからだ。その女の苦しみをイエスは見られた。
-マルコ5:30-34「イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、『私の服に触れたのはだれか』と言われた。・・・女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。『娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。』」
・汚れたとされた多くの人たちが社会から排除されていた。イエスはその人たちに積極的に関わって行かれた。今日でも多くの人が病により社会から排除されている。私たちはどうするのかと問われている。
*アム・ハアレツ =地の民.このことばが特定の社会的階層にある人々を指して,聖書の中で初めて用いられたと思われるのは,ヨアシュ王の即位の時である.その当時この語で表される人々は,政治的,経済的,社会的に重要な役割を担っていた.バビロン捕囚後,この語は捕囚から帰還した民に対するユダヤ残留民を指すようになり,その混血婚と異教主義への非難を含むようになった.ラビ文学においてもアム・ハアレツは不道徳,不敬虔,律法に無知な一般大衆としてとらえられ,軽蔑の対象となっている.パリサイ人はこれらの人々が言い伝えを守らないので反感を持っており,彼らの律法の無知をのろっている.そしてガリラヤはそのような「地の民」の存在する中心地と考えられていた.しかしイエスは,この民と共に歩み,その友となられた.
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