2018年12月13日祈祷会(サムエル記上21-22章、ダビデの逃亡生活)

1. 身を守るために嘘をつくダビデ

・サウルに命を狙われ、宮廷を逃げ出したダビデは、祭司アビメレクの保護を求めて、ノブに行った。ダビデが求めたのは、当座の食料で、彼はアビメレクをだましてそれを手に入れようとする。
−サムエル記上21:3-4「ダビデは言った『王は私に一つの事を命じて、お前を遣わす目的、お前に命じる事を、だれにも気づかれるなと言われたのです。従者たちには、ある場所で落ち合うよう言いつけてあります。それよりも、何か、パン五個でも手もとにありませんか。他に何かあるなら、いただけますか』」。
・アビメレクはダビデを憐れみ、聖別されたパンを与え、さらにはゴリアトの剣までも与えた。この物語はイエスによって引用されている。イエスは、ダビデの行為は必要に迫られてしたことだと肯定され、危険を冒してダビデに聖別されたパンを与えたアビメレクの行為を称賛された。神の憐れみもこのようだと言われる。
−マタイ12:1-8「ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、『御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている』と言った。そこで、イエスは言われた『ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べたではないか・・・私が求めるのは憐れみであって、生贄ではないという言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。人の子は安息日の主なのである』」。
・食料と武器を手にしたダビデは、ガド王アキシュに救いを求める。サウルと敵対する王であれば保護してくれるかもしれないと思ったからだ。しかし、ガド王は信用しない。ダビデは狂人を装ってガドから逃れる。
−サムエル記上21:14-16「彼らに捕らえられると、(ダビデは)気が狂ったのだと見せかけ、ひげによだれを垂らしたり、城門の扉をかきむしったりした。アキシュは家臣に言った『見てみろ、この男は気が狂っている。なぜ連れて来たのだ・・・この男を私の家に入れようというのか』」。
・ダビデはガドを逃れてアドラムの洞窟に身を隠す。そこにダビデの一族やサウル王に不満を持つものが集まり、400人ほどの勢力になっていく。もはやダビデは、一人ではなかった。彼を頼る者たちが彼のもとに集まってきた。「困窮している者」「抑圧されている者」「負債のある者」「不満のある者」、集まってきた者たちは、変革を求める者たちであり、ダビデは彼らの長となっていく。
−サムエル記上22:1-2「ダビデはそこを出て、アドラムの洞窟に難を避けた。それを聞いた彼の兄弟や父の家の者は皆、彼のもとに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた」。

2.嘘がもたらす悲劇と悔い改め

・そのダビデに預言者ガドが現れる「あなたは神により王として油注がれた。神に信頼して、逃げ隠れするな」との言葉を告げる。ダビデはユダの地に戻った。
−サムエル記上22:5「預言者ガドが、『要害にとどまらず、ユダの地に出て行きなさい』と言ったので、ダビデはハレトの森に移って行った」。
・このことはダビデが公然とサウルの王権に挑戦することを意味した。ダビデがユダに戻ってきたことにサウルは苛立ち、近親の部下たちを責める。
−サムエル記上22:6-8「サウルは、ダビデとその仲間の者たちが姿を見せたと聞かされた。サウルは、手に槍を持って、ギブアにある丘のぎょりゅうの木陰に座っていた。彼の家臣は皆、傍らに立っていた。サウルは傍らに立っている家臣に言った『ベニヤミンの子らよ、聞くがよい・・・お前たちは皆、一団となって私に背き、私の息子とエッサイの子が契約を結んでも私の耳に入れない。息子が私の僕を私に刃向かわせ、今日のように私をねらわせても、憂慮もしないし、私の耳に入れもしない』」。
・その時、エドム人ドエグが、祭司アビメレクがダビデを助けたと告げ口し、サウルは怒り、アビメレク一族を糾弾するために呼び出す。
−サムエル記上22:13「サウルは言った『何故、お前はエッサイの子と組んで私に背き、彼にパンや剣を与え、神に託宣を求めてやり、今日のように私に刃向かわせ、私を狙わせるようなことをしたのか』」。
・アビメレクは抗弁するがサウルはこれを聞かず、アビメレクを処刑する。
−サムエル記上22:14-16「アヒメレクは王に答えた。『あなたの家臣の中に、ダビデほど忠実な者がいるでしょうか。ダビデは王様の婿、近衛の長、あなたの家で重んじられている者ではありませんか。彼のため神に託宣を求めたのはあの折が初めてでしょうか。決してそうではありません。王様、僕と父の家の者に罪をきせないでください。僕は事の大小を問わず、何も知らなかったのです』。王は、『アヒメレクよ、お前も父の家の者も皆、死罪だ』と言った」。
・サウルは理性を失っていた。サウルの家臣たちは「祭司を殺せ」という王の命令を不当と思い、従わない。サウルは宮廷内でも孤立していた。彼はエドム人ドエグに命じて、アビメレク一族を殺す。
−サムエル記上22:17-19「傍らに立っている近衛兵に命じた。『行って主の祭司たちを殺せ。彼らもダビデに味方し、彼が逃亡中なのを知りながら、私の耳に入れなかったのだ』。だが、王の家臣は、その手を下して主の祭司を討とうとはしなかった。王はドエグに『お前が行って祭司らを討て』と命じたので、エドム人ドエグが行って祭司らを討った。こうして、サウルはその日、亜麻布のエフォドを身に着けた者八十五人を殺し、また祭司の町ノブを剣で撃ち、男も女も、子供も乳飲み子も、牛も驢馬も羊も剣にかけた」。
・ダビデのついた嘘が多くの命を殺させた。ダビデはそのことを深く悔い、惨殺を逃れたアビメレクの子アビアタルを保護する。彼は後にダビデ王朝の大祭司になる。ダビデは既にその陣営に預言者と祭司を抱えるようになる。
−サムエル記上22:22-23「あの日、私はあの場に居合わせたエドム人ドエグが必ずサウルに報告するだろう、と気づいていた。私があなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまったのだ。私の元に留まっていなさい。恐れることはない。私の命をねらう者はあなたの命をもねらう。私の元にいれば、あなたは安全だ」。
・ダビデでさえ、困った時には人をだまして、生き延びようとした。しかし神の言葉に接し、悔い改める。その言葉が詩篇34編だ。人の価値は過ちを犯すかどうかではなく、罪を悔い改めることが出来るかにかかる。
−詩篇34:1-19「主は助けを求める人の叫びを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる霊を救ってくださる」。

3. サムエル記上21-22章の黙想

・ダビデは主によって選ばれ、油を塗られた。彼はペリシテ軍の勇者ゴリアトを倒すことにより、サウル王の武将になり、王の娘を与えられ、ペリシテとの戦いで連戦連勝する。民の人気は高まり、民は歌い始める「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」(18:7)。「主の選びが成就する日も近い」とダビデは思ったであろう。しかし、ダビデの人気はサウルを不安にし、ダビデを競争者として殺そうとする。王の娘婿、近衛隊長までなったダビデが一転、王に追われる身となる。ダビデの行く所、王の軍隊が差し向けられ、たびたび命の危険に脅かされる。彼は思ったであろう「これが主の選びか。羊飼いでいた時は貧しくはあったが、平和な日々であった。主に選ばれたばかりにこのような苦難に会う。選びとは何なのか」。彼の放浪時代は長期間続いた。その時に読んだとされるのが詩編34編である。
−詩編34:1-6「ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放された時に・・・私は主に求め、主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。主を仰ぎ見る人は光と輝き、辱めに顔を伏せることはない。この貧しい人が呼び求める声を主は聞き、苦難から常に救ってくださった。主の使いはその周りに陣を敷き、主を畏れる人を守り助けてくださった」。
・ダビデはサウルに追われて逃亡生活を続けていた。ある時、ダビデと部下たちが潜んでいる洞窟にサウルが用足しをするために入ってきた。ダビデの部下は「王を殺しなさい。そうすればあなたが王だ」とダビデをそそのかす。ダビデもその気になり、剣を取って密かにサウルに近づく。しかし、彼は自分の罪に気づき、王の着物の端を切り取っただけで帰ってくる。その時、ダビデは言った「主が油を注がれた方に私が手をかけることを主はお許しにならない」(24:7)。例え相手がどのように残酷で自分を苦しめようと悪に悪を報いてはいけない。出来事の最終的な支配者である神にお任せする。神が私を選んだのであれば自分は王になるであろう。その時の心境を歌った歌が詩編142編である。
−詩編142:1-5「ダビデの詩。ダビデが洞穴にいたとき。祈り。声をあげ、主に向かって叫び、声をあげ、主に向かって憐れみを求めよう・・・目を注いで御覧ください。右に立ってくれる友もなく、逃れ場は失われ、命を助けようとしてくれる人もありません」。
・ダビデは自らの手でサウルを退けず、神の時を待った。ダビデがイスラエルの王になったのはサウルの死後だった。彼は若くして神の選びを受け、王の婿、近衛隊長にまで上りながら、その後長い間逃亡生活を送った。長きにわたる試練がダビデを謙虚な王にした。国の領土が広がり、名君と評判になってもダビデは傲慢にはならなかった。王位は神の委託の下にあり、彼自身のものではないことを知っていたからだ。彼は弱さからいろいろの罪を犯すが、罪を問われた時は灰をかぶって悔い改めた。
−詩編34:17-18「主は悪を行う者に御顔を向け、その名の記念を地上から絶たれる。主は助けを求める人の叫びを聞き、苦難から常に彼らを助け出される」。