すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  士師記  >  2018年3月29日祈祷会(士師記1章、約束の地での生活の始まり)


1.カナン定着の困難

・ヨシュアに率いられたイスラエルの民はカナンに侵攻した。ヨシュア記は「全地域はイスラエルに与えられた」(11:23)と記述するが、実際は拠点のみの征服であり、本来の土地取得はこれから始まる。
−士師記1:1「ヨシュアの死後、イスラエルの人々は主に問うて言った『私たちのうち、誰が最初に上って行って、カナン人を攻撃すべきでしょうか』」。
・1章は士師記の序論であり、ユダ族、エフライム族、北方部族の土地取得が語られる。ユダは主が共におられたので、山地を征服した。しかし、平地は敵が強大ゆえに征服できなかった。主が共におられても戦車を持つ敵は打ち破れなかった。士師記は強大な敵に立ち向かう勇気がユダにはなかったことを暗示する。
−士師記1:19「主がユダと共におられたので、ユダは山地を獲得した。だが、平野の住民は鉄の戦車を持っていたので、これを追い出すことはできなかった」。
・ヨセフ族は一丸となった時は敵を破ったが、部族に分かれた時はめぼしい成果はなかった。ユダと同じく、信仰の確信がなかった故であろう。「神にできないことはない」、言うは易いが、実践は難しい(マルコ9:23)。
−士師記1:22-29「ヨセフの一族も同様にベテルに上った。主は彼らと共におられた・・・彼らは町を剣で討った・・・マナセは、ベト・シェアンとその周辺の村落、タナクとその周辺の村落、ドルの住民とその周辺の村落、イブレアムの住民とその周辺の村落、メギドの住民とその周辺の村落を占領しなかった・・・エフライムは、ゲゼルに住むカナン人を追い出さなかったので、カナン人はその中にとどまり、ゲゼルに住み続けた」。
・北方に向かった部族は成果を挙げられなかった。「彼らはカナン人の中に住み続けた」という表現は土地の占領がほとんど成されなかったことを暗示する。信仰の確信のなさが約束の地を与えなかったのである(ヨシュア18:3)。
−士師記1:31-34「アシェルはこれらの地の住民であるカナン人を追い出さず、彼らの中に住み続けた。ナフタリは・・・その地の住民であるカナン人の中に住み続けた・・・アモリ人はダンの人々を山地に追い込み、平野に下りて来ることを許さなかった」。

2.約束の地は完全には与えられなかった

・2章1−3節は約束の地が何故、完全には与えられなかったかを神学的に説明する。
−士師記2:1-3「私はあなたたちをエジプトから導き上り、あなたたちの先祖に与えると誓った土地に入らせ、こう告げた。私はあなたたちと交わした私の契約を、決して破棄しない、あなたたちもこの地の住民と契約を結んではならない、住民の祭壇は取り壊さなければならない、と。しかしあなたたちは、私の声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。私もこう言わざるをえない。私は彼らを追い払って、あなたたちの前から去らせることはしない。彼らはあなたたちと隣り合わせとなり、彼らの神々はあなたたちの罠となろう。」
・多くの小戦争を経て、イスラエルはカナンの地に足場を築いていく。同時に周辺部族からの絶え間ない侵略にイスラエルは悩まされる。民が主を忘れ、罪を犯した時、裁きとして略奪者が送られ、悔い改めに応じて救済者である士師が立てられる。
−士師記4:1-2「エフドの死後、イスラエルの人々はまたも主の目に悪とされることを行い、主はハツォルで王位についていたカナンの王ヤビンの手に、彼らを売り渡された」。

3.士師記の概要

・士師はヘブル語で「ショフェティーム」、英語では「Judges」と呼ばれ、裁き司、治める者という意味だ。イスラエルが約束の地に入り、ダビデ・ソロモンの統一王朝を形成するまでの250年間の苦難の歴史が、時代、時代の指導者「士師」の物語を通して、描かれている。紀元前1250年頃、イスラエルの民はモーセに率いられてエジプトを出て(出エジプト)、神が与えると約束された地に向かって歩んで行き、民はモーセの後継者ヨシュアに率いられて、約束の地カナンに入る。約束の地と言っても、そこには先住民族が住んでおり、イスラエルは彼らと戦いながら、土地を獲得しなければならなかった。しかし、鉄製の武器を持ち、城壁で守られた都市を攻略することは難しく、当初は人があまり住んでいない山地に入り、そこに定着を始めたと思われる。
−士師記1:19「主がユダと共におられたのでユダは山地を獲得した。だが、平野の住民は鉄の戦車を持っていたので、これを追い出すことはできなかった」。
・神が与えると約束された土地をイスラエルは占領し、支配することが出来なかった。歴史的には武力に勝る敵を追い払えなかったということであろうが、士師記はそれを「神を信頼しない」不信仰の故と記す。
−士師記2:1-3「私はあなたたちをエジプトから導き上り・・・先祖に与えると誓った土地に入らせ、こう告げた・・・あなたたちもこの地の住民と契約を結んではならない、住民の祭壇は取り壊さなければならない、と。しかしあなたたちは、私の声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。私もこう言わざるをえない。私は彼らを追い払って、あなたたちの前から去らせることはしない。彼らはあなたたちと隣り合わせとなり、彼らの神々はあなたたちの罠となろう。」。
・多くの戦いを通して、イスラエルはカナンの地に足場を築いていくが、周辺部族からの絶え間ない侵略にイスラエルは悩まされる。士師記はそれを「民が主を忘れ、罪を犯した時に裁きとして略奪者が送られた」と理解する。
−士師記2:11-14「イスラエルの人々は主の目に悪とされることを行い、バアルに仕えるものとなった。彼らは自分たちをエジプトの地から導き出した先祖の神、主を捨て、他の神々、周囲の国の神々に従い、これにひれ伏して、主を怒らせた。彼らは主を捨て、バアルとアシュトレトに仕えたので、主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らを略奪者の手に任せて、略奪されるがままにし、周りの敵の手に売り渡された。彼らはもはや、敵に立ち向かうことができなかった。」
・民は苦難に陥ると主の名を呼び、主は危機における指導者として士師を送られる。士師たちの働きでしばらくは平和になるが、時の経過とともに彼らはまた堕落していく。
−士師記2:18-19「主は彼らのために士師たちを立て、士師と共にいて、その士師の存命中敵の手から救ってくださったが、それは圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである。その士師が死ぬと、彼らはまた先祖よりいっそう堕落して、他の神々に従い、これに仕え、ひれ伏し、その悪い行いとかたくなな歩みを何一つ断たなかった。」
・その繰り返しの中で主は宣言される「イスラエルを試すために、私は異邦人を彼らの中に置く」と。
−士師記2:20-22「この民は私が先祖に命じた私の契約を破り、私の声に耳を傾けなかったので、ヨシュアが死んだ時に残した諸国の民を、私はもうこれ以上一人も追い払わないことにする。彼らによってイスラエルを試し、先祖が歩み続けたように主の道を歩み続けるかどうか見る」。

4.士師記と私たち

・士師記はヨシュア記と同様、申命記記者によって、伝承が編集され完成している。そこにおいては国の滅亡(バビロン捕囚)の原因が、「主に従い通さなかった」ことにあるとして、悔い改めの視点で歴史の編集が為されている。荒野の民は苛酷な状況の中で主に従ってきた。しかし、肥沃な地に入れば、厳しい労苦は不要になり、民は安易に偶像礼拝に走る。豊かな地において信仰を維持する唯一の道は、「とげを担って生きる」ことしかない。それは今日においても正しい。
−第二コリント12:7-9「思い上がることのないようにと、私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、私を痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、私は三度主に願いました。すると主は『私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました」。
・イスラエルはバアルに繋がり、罪を犯し、主を捨てる。主は略奪者を用いて裁きを送る。民は悔いて主に助けを求める。主は救い手を送りたもう。罪-裁き−悔い改め−救い、現代と同じ主題がここに語られる。
−使徒2:36-38「『イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです』。人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに『兄弟たち、私たちはどうしたらよいのですか』と言った。すると、ペトロは彼らに言った『悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます』」。
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