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1.イスラエルとカナン連合軍の戦い

・カナン連合軍との戦いが始まった。これまでは各都市との戦いであったが、今度はカナン連合軍との全面対決である。しかし、ギブオンは既にイスラエルの前に降伏しており、カナン連合軍の戦力は大きく削がれていた。
−ヨシュア記10:1-6「エルサレムの王アドニ・ツェデクは、ヨシュアがアイを占領し、滅ぼし尽くし、アイの町とその王をも、先のエリコとその王と同じように取り扱ったことを聞き、またギブオンの住民がイスラエルと和を結び、彼らのうちに住むことを許されたと聞くと、非常に恐れた・・・エルサレムの王アドニ・ツェデクは、ヘブロンの王ホハム、ヤルムトの王ピルアム、ラキシュの王ヤフィア、エグロンの王デビルに人を遣わし、『私のもとに上り、ギブオンを撃つのを助けていただきたい。彼らはヨシュアの率いるイスラエルの人々と和を結んだ』と伝えた。アモリ人の五人の王、すなわちエルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの王たちとその全軍勢は連合して攻め上り、ギブオンに向かって陣を敷き、戦いを仕掛けた」。
・ギブオンはイスラエルに助けを求め、ヨシュアは全軍を率いて出陣した。主は「彼らを恐れるな」と励まされた。
−ヨシュア記10:7-8「ヨシュアは兵士全員、すべての勇士を率いてギルガルから出陣した。主はヨシュアに言われた『彼らを恐れてはならない。私は既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は一人もいない』」。
・戦いはイスラエル軍の大勝利になった。壊走するカナン軍を主の雹が打った。
−ヨシュア記10:9-11「主はイスラエルの前で彼らを混乱に陥れられたので、ヨシュアはギブオンで敵に大打撃を与え・・・追撃した。彼らがイスラエルの前から敗走したとき、主は天から大石を降らせた・・・雹に打たれて死んだ者はイスラエルの人々が剣で殺した者よりも多かった」。
・さらに不思議な出来事が生じた。ヨシュアが「日よ、落ちるな」と祈ったら、日は留まり、月も動かなかったという。
−ヨシュア記10:12-14「主がアモリ人をイスラエルの人々に渡された日、ヨシュアはイスラエルの人々の見ている前で主をたたえて言った『日よ、留まれギブオンの上に、月よ、留まれアヤロンの谷に』。日は留まり、月は動きをやめた、民が敵を打ち破るまで。『ヤシャルの書』にこう記されているように、日はまる一日、中天に留まり、急いで傾こうとしなかった。主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった」。
・ヨシュアが太陽や月に命じたら、太陽や月の運行が留まったという記事は誇張表現と見るべきであろう。この記事を基に地動説を否定した教会の過ちの歴史を繰り返してはいけない。
−16世紀にコペルニクスが天動説を否定して地動説を唱えた時、マルテイン・ルターは言った「このばか者は天文学全体をひっくり返そうとしている。ヨシュアが留まれといったのは、太陽に対してであって、地球に対してではない」。このルターの主張はガリレオの宗教裁判でも援用され、有罪の根拠とされた。教会が誤りを認めたのは1992年であった。

2.カナン征服の記事をどう読むか

・戦いに勝利し、ヨシュアはカナン主要部を制圧した。ヨシュア記は主が戦われたためにそうなったと讃美する。
−ヨシュア記10:40-42「ヨシュアは、山地、ネゲブ、シェフェラ、傾斜地を含む全域を征服し、その王たちを一人も残さず、息ある者をことごとく滅ぼし尽くした。イスラエルの神、主の命じられた通りであった。ヨシュアは、カデシュ・バルネアからガザまで、ゴシェン地方一帯を経て、ギブオンまでを征服したのである。ヨシュアがただ一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕らえることができたのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである」。
・このヨシュアの戦いは理想化して描かれている。士師記1章が私たちに教えるのは、エルサレムやヘブロンがイスラエルの支配下に入ったのは、ヨシュアの死後であった。
−士師記1:1-10「ヨシュアの死後、イスラエルの人々は主に問うて言った『私たちのうち、誰が最初に上って行って、カナン人を攻撃すべきでしょうか』。主は『ユダが上れ。見よ、私はその地をユダの手に渡す』と言われた。・・・ユダの人々はエルサレムを攻撃し、剣をもってこれを占領、町には火を放った。その後、ユダの人々は下って行って・・・ヘブロンに住むカナン人をも攻めた」。
・イスラエルのカナン占領は数十年をかけてゆっくり為されたと歴史的には見られている。ヨシュア記は申命記記者(祭司)によって書かれた信仰の書だ。ヨシュア記10章では住民全部を殺したとある(聖絶)。しかし、ヨシュア記23章はそうではなく、民が先住民族と混在して暮らした事実を裏付ける。聖書は字義通りに解釈すべきものではなく、歴史や時代の文脈の中で、読んでいくべきだ。
−ヨシュア記23:12-13「あなたたちが背いて離れ去り、あなたたちのうちに残っているこれらの国民となれ親しんで、婚姻関係を結び、向こうに行ったり、こちらに迎えたりするなら、あなたたちの神、主がもはや、これらの国民を追い払われないことを覚悟しなさい。彼らはあなたたちの罠となり、落とし穴となり、脇腹を打つ鞭、目に突き刺さるとげとなり、あなたたちは、あなたたちの神、主が与えられたこの良い土地から滅びうせる」。

*ガリレオの異端裁判を考える
・1630年ガリレオは、地動説の解説書「天文対話」を執筆した。「天文対話」は、1632年2月22日、フィレンツェで印刷、発行された。翌1633年、ガリレオは再度ローマ教皇庁の検邪聖省に出頭するよう命じられた。被疑は、1616年の裁判で有罪の判決を受け、二度と地動説を唱えないと誓約したにもかかわらず、それを破って『天文対話』を発刊したというものだった。
・問題にされたのはヨシュア記10:12−14他の記事である「主がアモリびとをイスラエルの人々にわたされた日に、ヨシュアはイスラエルの人々の前で主にむかって言った、『日よ、ギベオンの上にとどまれ、月よ、アヤロンの谷にやすらえ』。民がその敵を撃ち破るまで、日はとどまり、月は動かなかった。これは『ヤシャルの書』に記されているではないか。日が天の中空にとどまって、急いで没しなかったこと、おおよそ一日であった。これより先にも、あとにも、主がこのように人の言葉を聞きいれられた日は一日もなかった。主がイスラエルのために戦われたからである」。
・もし、太陽がもともと動いていないのなら、太陽に「とどまれ」ということは無意味になる。イスラエルの英雄の讃美歌『ヤシャルの書』からの引用ではあるが、キリスト教徒は、神が日照時間を延長するという奇跡を起こしたことで、イスラエルの民はその敵を打ち破ることができたという言い伝えを聖書が伝える真実の歴史として受け取っていた。
・1633年法王庁はガリレオを異端と断定し、その学説の撤回を求めた。「汝は、一部の者の教えた偽りの学説、つまり太陽は世界の中心で不動、地球は動きしかも日周運動するという学説を、真実であると信奉した・・・また折りにふれて、この学説に対する聖書に基づく反論に応酬の際、前述の聖書を自己流にこじつけて解釈した。太陽が世界の中心でその場所から動かないとする主張は哲学的には馬鹿げており偽りである。また形式的には、明白に聖書に違背しているから、異端である。地球が世界の中心ではなく、不動でもなく、動き日周運動をするとの主張も、同様に哲学的に馬鹿げており偽りであり、神学的には、少なくとも信仰上誤りだと考えられる。汝に対して、前述の偽りの学説を全く放棄するよう命ずる」。
・先立つ1613年にガリレオはカスッテリ神父に書き送った書簡で、「聖書と自然はともに神の言葉から発したものであります、聖書は聖霊の命ずるままに書かれたものであり、自然は神の命令の忠実な実行者なのです」と記し、別の手紙では「真の意味が理解される場合、聖書は誤ったことを決して語っているはずはない、と主張するのは非常に信心深くもあるでしょう。またそう主張するのが分別というものでしょう。しかし、しばしば、聖書の真の意味は奥深く隠れていて、言葉そのものの意味が示すこととはかなり違っているのを、誰も否定できないであろうと、私は考えます」と抗議するが聞かれなかった。
・1992年ローマ法王庁はガリレオへの断罪が誤りであったことを認めた「仮にもし、世界の中心にあるのは太陽であって、地球は第3の天球に位置していること、そして、太陽が地球の周りをめぐっているのではなくて、地球は太陽の周りを回っているということを裏づける真の証明が見いだされるとすれば、これとは逆のことを物語っているかに見える聖書の記述を解釈するには、細心の注意をもって臨まなければならない。そして、この場合、私たちは、証明された当の主張の方が実は誤りであるのだ、などと言うのではなく、聖書の言わんとするところをよく理解していなかったのだと受けとめるべきであろう」。
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