すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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2009年2月22日説教から

2009-2-22
「主よ、その人が病の床にあるとき、支え、力を失って伏すとき、立ち直らせてください。私は申します『主よ、憐れんでください。あなたに罪を犯した私を癒してください』」(詩篇41:4-5)

詩篇の作者は自分の罪を認め、最初に「罪の赦し」を求め、次に「病の癒し」を求めています。マルコ2章でイエスの前に中風の人を連れてきた人々もまた、自分たちは罪人である事を認め、イエスの前にひざまずきました。その結果、罪から解放され、自由が与えられました。

「罪とは神との関係の破れ」であり、その回復こそ「罪の赦し」です。そしてイエスは自らが十字架で死ぬことにより、この赦しの権能を神から委ねられたのです。イエスは言われました「人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される」、何故ならばイエスが私たちの罪を贖われたからです。

私たちは神の赦しの中にあるのです。ですから、教会はイエスの権威を継承して、罪の赦しを宣言します。「神はあなたを赦して下さった、あなたは神の子とされた、その事を喜びなさい」と伝えます。人は求めます「イエスは神の国のしるしとして病を癒して下さいました。あなたも私の病を癒して下さい。そうすれば信じます」。赦しという目に見えないものではなく、癒しという見えるしるしを下さいと人々は望みます。ここで、私たちは、「癒しはあくまでも神の出来事である」ということを伝えなければいけません。神は必要な時には病を癒し、また必要な時には病をそのままにされます。病が祝福になることがある、癒されないこともまた神の恵みとして受け止めていくのが聖書の信仰です。

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