すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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今週の招詞(2008年12月14日説教から)

2008-12-14
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」(ヨハネ3:16-17) 

私たち現代人は、「神は死んだ」として、人間の知性・理性に究極の信頼を置く生き方をしてきました。それを象徴する言葉がデカルトの「我思う、故に我あり」です。「我思う、故に我あり」、神は要らないという宣言です。私たちは可能な限り、生活から、神や宗教的なものを排除して来ました。その結果、私たちは神を、自分を越える存在を見失いました。

自分を越える存在を持たない世界では、相対的存在である人間が絶対化され、個人崇拝や独裁が生まれてきます。人は他者よりも優位に立つことを求め、能力の劣る者を障害者、敗者として排除するようになり、その結果この世は弱肉強食の苛烈な社会になってきました。その中で人間は争い合い、殺し合い、終には世界大戦という全世界的な殺し合いまでするようになりました。

二度の世界大戦を経験した人間は、自分が有限な存在であることを、「我思う、故に我あり」と誇るほどの存在でないことを認識するようになってきました。今、私たちはもう一度神に帰ることが必要な時に来ています。「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」、キリストの十字架を受入れない故に悲しみが続き、労苦が続いている。私たちは光を認めない故に闇の中にいます。この闇に向かって、光であるキリストを指し示すこと、それが私たち信仰者の為すべきことです。

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